ゲレンデを駆ける(byかっしー)
温度計に目を遣る必要はない。
ストーブさえ必要のない朝。寒さによる強制的な覚醒が見込めず頭の中は常に生温い。
外に出てみると車のフロントガラスは凍り付いていた。夜中はどうやら冷えたらしい。
残雪から染み出した雨水も氷となり、スニーカーのグリップ力を瞬時になくしてしまう。
この調子ならバーンも程よく締まっていることだろう。
厚みを増していたはずの屋根雪は昨日の雨で多くが融けてしまった。どうやら雪下ろしは必要なさそうだ。
私はセンターハウス前の表面がコーティングされた雪と氷を砕き、山頂へと向かう。
下部ゲレンデは硬そうな仕上がりだ。昼過ぎからは緩んでくるであろうが、快速バーンが楽しめそうだ。
新雪が積もれば楽しいツリーランコースであるが、表面が融けて固まった今はかなりの難所であろう。
いつも通り搬器出しの作業を手伝う。
途中で「もういいよ」と言われたので大人しく引き下がることにする。
我々にとってはいつも通りの日常の一部分でしかないが本来は贅沢な景色である。何とも思わなくなってしまった自分の感性が恨めしい。
住む環境によって人の価値観が大きく変えられてしまうことを痛感する。
ちなみに天然雪100%である。
多いといっても少ないのだが。
ユリワリで育ったコブはまだまだ健在である。
コブは嫌いではないが仲良く出来る気もしない。一度ボードを着用してチャレンジした際は高速木の葉で降りる羽目になった挙句、クラッシュ大回転を披露してしまった。
生まれてこの方陰キャとして過ごしてきた私には眩しい限りだ。
言い表せぬ羨ましさを覚えるが、それは無い物ねだりというものだ。ある時分には何とも思わず、失くしてから「欲しい欲しい」と渇望する。そして後悔に塗りつぶされる。
失くしてしまう前にその存在に気付くことが出来ればいいのだが、十中八九私には無理なので、失くしたことにすら気付かないフリをし続けていようと思う。
どうやら気付かないフリさえさせてもらえないらしい。
かっしー