2013年3月11日月曜日

いち個人の3月11日。長いです。

注意…ストレスを感じたら読むのをおやめください。

今日で東日本大震災から2年。
忘れた方がいいのか、
忘れない様にしたほうがいいのか、
正直わかりません。

この記事も書く事を迷いましたが、
チャリティーステッカーやポストカードを販売している
意味も知って頂けたらと思って書きます。


田中利果の個人的な体験です。

2年前の3月11日、宮城県のすみかわスノーパークで働いていました。
午前中はとっても雪が良かったので、ゲレンデで奇声をあげていました。
とても気持ちのいいパウダーでした。

午前中一緒に滑った仲間に写真をメールで送ろうとした時、
気持ちの悪い地響きを聞き、今まで感じた事のない揺れに気づきました。
お客さんもスタッフも外へ出て、みしみし音を立てる建物や
揺れで移動して行く駐車場の車を見つめていました。

『ただ事ではない』
しばらく止まらない揺れに不安は隠せませんでした。


震災直後数分は携帯が通じましたが、その後すぐ通じなくなりました。

発電機で付けたテレビから、どう考えても現実とは思えない光景を見ました。
夜、暖房がないスキー場の寮でウェアなどを着込んで寝ました。
沿岸部に家がある子も一緒でした。

いつもは山からきれいな星空と、仙台の夜景が見えるのですが、
まっくらな町並みと、ところどころに赤い光が見えました。

スキー場は電気は通らないものの食料と水とガスがあったので
2〜3日はいた様に思います。何日いたか忘れました。
家が心配な子もいたので、一緒に下山すると
所々が崩れ、車で通るのが困難でした。



スーパーやドラッグストアは、震災直後は出せるものを販売してくれました。
水のいらないシャンプーはありますか?と聞くと
割れたガラスなどでぐちゃぐちゃな店内から持ってきてくれました。
数日後、どこも店が閉まりました。

町へ降りれば降りるほど、
夢を見ているのではないかとさえ思えました。






どこかで大きな火災があり、遠く離れていてものどに違和感を感じました。


キリンビール工場の近くのこの友人の家族も家は無事でしたが、
1階は浸水していました。

亘に住んでいる別の沿岸部に友人の家は
ごっそり流されてしまいました。
友人の家族は避難して無事でした。

しばらく電気・水・ガスはありませんでした。
ファンヒーターではないストーブやカセットコンロで調理し、
暗くなったら寝る様にしました。

配給はテレビの中でしか見た事がなかったのですが、
実際に自分がもらいに行くとは思っていませんでした。
始めはスーパーから回収してきただろうウィンナーやパンや豆腐などが
1家族に1つずつ配られ、(遅く行くと1家族豆腐1丁だったり)
日を追うとそれもなくなり
真っ白なおにぎりが配られました。
ドラム缶で炊いたもので、芯が残っていましたがありがたかったです。
またそれもなくなり、
『明日から配給はありません』
と言われてしまいました。

携帯の充電も切れ、ガソリンもないので車で充電するわけにいかず、
情報が全く入らない事に不安を感じ、
ラジオを買いに行きましたが売り切れていました。
一人暮らしだったので、誰かしらと一緒にいる様に心がけました。

ある時、遠くからものすごいサイレンの音が聞こえてきたので外に出てみたら
20台、30台、もしかしたらもっと多くの
救急車や消防車が4号線を北上して行きました。
関東ナンバーだけではなく、関西〜九州まで、
全国各地から集まってきただろうその車両の皆さんに
頭を下げずにはいられませんでした。

私が住んでいたのは町役場も比較的近かったので
水が出たのは早かった方だと思います。

2年経って、その時の事はだいぶ忘れてしまいました。
だけど、多くの人に助けてもらったのは忘れません。
だから、今度は少しでもいいから何かをしたいのです。

『2年もたって今さら?』

ライフラインは復旧して、食べ物に困らない今でも、
心のケアが必要な人がたくさんいます。
スノーボード仲間の友人が仮設住宅に住んでいて
『子どもたちを遊ばせる機会と場所が減ってしまった』
と聞いたのがきっかけでSmile Kids Project ASOBOを立ち上げました。
子どもたちが好きで、スキー場が好きな私たちにできること。
『被災した園児たちをスキー場へ招待する』

子どもが笑顔だと、保護者も先生方も笑顔になります。

親御さんはもちろん、自分たちの園児を目の前で失った先生方の気持ちも
計り知れません。

今販売しているチャリティーステッカーとポストカードは
4月7日に宮城県山元町のふじ幼稚園さんをソリ遊びに招待する時の
バス代・昼食代などになります。
小さな活動かも知れませんが、誰かが笑顔になってくれるのなら
続けて行きます。

4月7日、ステッカー・ポストカードの売上を持って宮城に行ってきます。

野麦峠スキー場に関わるみんなより、愛を込めて。

田中 利果